実はビットコインの原点とは?!「サトシ・ナカモト」より前だった!

みんなはすでに、「サトシ・ナカモト」という人が2009年にとある掲示板にビットコインに関する論文を残していなくなってしまい、それを有志が実現させたのがビットコインのはじまりということは知っているよね?!
でも実はそれよりも11年も前にワシントン大学の学位を持っている人による「b-money」(ビーマネー)という論文があったんだ。
その論文にはいったい何が書いてあったんだろうか?
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ビットコインの原点・仮想通貨のもととなった論文「b-money」とは?
サトシ・ナカモトより以前、Wei Dai(ウェイ・ダイ)によって1998年に発表されたとされるこの「b-money」には、
- 政府によって管理されていないお金のような媒体
- 匿名性があり、分散されている暗号通貨のプロトコル(取り決め)
が書かれていました。
ビットコインの原点・コンピューター科学者の登場
するとこんどは、Nick Szabo(ニック・スザボー)という科学者が出てきて、「ビット・ゴールド」という論文を発表したんだ。これはもちろんb-moneyの論文をヒントにしたものだったんだ。それには
- 取引の合意方法として、コンセンサスアルゴリズム「Proof of Work(プルーフ・オブ・ワーク)」を使う
- コンピューターの力を借りる
ということが書かれていた。
ただ、この2つは新しい通貨の「概念」であって、それ以上現実にはなり得なかった。そこで登場してきたのがサトシ・ナカモトというわけだ。きっとワクワク感で胸がいっぱいで名乗り出ずにイられなかったに違いない!
仮想通貨の原点・「サトシ・ナカモト」の登場
ナカモト・サトシは世界中の仮想通貨愛好家に「Satoshi」と呼ばれている。中には崇拝するあまりプロジェクト名などに「サトシビジョン」とか「サトシドリームズ」なんてつけてしまう人もいる。
ここでサトシ・ナカモトが発表した論文は
- 「P2P電子通貨システム(Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System)」
というものだった。
上記の論文の内容に加えて、プライバシー問題やデータの格納方法などが追加されていた。
ビットコインの原点・ビットコインソフトウエアの開発と運用
さて、これからが問題だ!サトシ・ナカモトは論文を発表したはいいが、なんと失踪してしまった。俗世間の人間は「これで一儲けしてやろう」と考えるところだが、崇高な科学者はそんなことどうでもよかったみたいだ。
ひょっとしたら「何度も打ち合わせに行くのが面倒臭かったから」なんてささいなことが、失踪してしまった原因なのかも知れない。
でも実用一歩手前のすごい論文を前に、世界の技術者が黙っているわけがない!技術者有志によってソフトウエアが開発され、2009年1月3日、論文をもとについにビットコインの運用がはじまったんだ。
ビットコインの原点・ビットコインピザの日
でもそれから数ヶ月は試行錯誤の連続で、なかなか世の中に広まるまではいかなかった。当時フロリダに住んでいたプログラマー、ラズロー・ハニエツ(Laszlo Hanyecz)と、ロンドン在住の学生ジェレミー・スターディヴァント(Jeremy Sturdivant)間でのビットコイン取引が最初だった。
2009年5月18日に「誰かビットコイン1枚をピザ2枚と交換してくれないか?」とラズローが「ビットコイン・フォーラム」という掲示板に書き込んだんじゃ。
これにロンドンの学生ジェレミーが応答し、宅配ピザで注文をして4日後の22日にフロリダのラズローは無事にピザを受け取ったというわけだ。
この時1ビットコインは0.0025ドルじゃった。当時のドルレートは90円だったので、10000ビットコインが2200円となり、丁度ピザの値段と同じくらいの計算になるってわけだ。
ビットコインの原点・まとめ
サトシ・ナカモトがビットコインを創った、と思われていたが、実はそれ以前にももととなる論文はあったんだな。いずれにしても、論文を発表して、それを実現してしまうパワーには脱帽だ。
だってすでに「法定通貨」という「高い壁」あるにもかかわらず、新しい通貨を作ろうとしたんだからな。「壁があるから行く」姿勢、かっこいいぞ!!